短歌の部

☆奨励賞(最高齢者)☆

六十年過ぎし昔の友に会い今よみがえる老らくの恋
麻生 誠一(豊後大野市)(九九歳)
点ひとつ増ゆれば姿が婆となる面白きかな漢字のしくみ
千原 秀子(大分市)(九八歳)
※年齢は平成三十年四月一日現在

伊勢 方信 選

☆☆特選☆☆

壁ぎはにかかりしままの冬帽子亡夫の形見となりて古りゆく
後藤 梢(大分市)
〈評〉壁際に掛けたままの冬帽子は、一冬毎に古びてゆくのだが、夫の形見として日々を共にする作者にとっては、在りし日の夫との生活を、鮮やかによみがえらせてくれる象徴として、決して褪せることはない。静謐な哀悼。

☆入選☆

行く先にタッチパネルの待つ社会会話無き世の明日は寒し
大久保 弓子(大分市)
〈評〉文明の利器の一つである筈のタッチパネルが、互いの心を伝えあう手段である、言語を阻害していることを可とする、現代社会への批判。
紅梅のかをりに闇のそつと揺れ子らの去にたる扉を閉す
橋内 玲子 (大分市)
〈評〉帰省の子らを送り出したのであろう。感覚的な上の句と、淋しさを滲ませる下の句の具像が効果的に働いて、一首の詩的昇華を強めている。
点滴を終えて医院の外に出れば祭り囃子が風に乗り来る
大川 恵美子(津久見市)
〈評〉聴覚でとらえた下の句の、心象風景に近い写生が、上の句の暗さを伴う印象を脱して、明るく転換しており、希望のようなものが見えてくる。

 

山本 和可子 選

☆☆特選☆☆

辛くとも負けるな君よ明日の日に芽を出し根を張り花を咲かせよ
佐田 俊夫(竹田市)
〈評〉背中をポンとひとつ叩いて、”辛い時は自然回帰せよ、植物のように明日を信じて生きよ”と力強い励ましを送るのも社会における長老の役目であろう。平明な表現で、二句切れの万葉の調べを活かし、健康的な好ましい作品。

 

☆入選☆

庭先にいのしし遊ぶ古里の村に一つの万屋閉じる
村上 伸男(別府市)
〈評〉いのしし遊ぶ・万屋閉じるという動・静の真に迫った写生で、限界集落の古里の現状を私情をはさまず描いている。抑制のよく効いた秀作。
「今日逝くもそれでいいね」と自問する夜のしじまのひとり芝居に
村上 恵(大分市)
〈評〉何と軽妙なひとり芝居だろう。Aの私の問いにBの私は応えていない。読者への問題提起であろう。洒脱な作者と人生について語りたくなる。
息や孫に手をふりもとの独り居の庭先に咲く紅梅二輪
宮永 紀美子(宇佐市)
〈評〉独り居の爽やかな覚悟と達観した老境が心地よい。「紅梅二輪」の鮮やかな名詞止めが美しく、別れの淋しさは隠し味とした見事な作品。

 

太田 宅美 選

☆☆特選☆☆

庭先で筵広げてママゴトの父さん役と今も暮らせり
財前 春子(杵築市)
〈評〉何とも微笑ましい作品です。幼いときから近所どおしのお付き合いの中、子供どうしの交流となり、気ごころも判り合う仲、「麦畑」の歌のように恋愛関係が高じての現実に大きな拍手。今後共仲睦まじく、と願っています。

☆入選☆

尾瀬が原テレビに視つつ水芭蕉の旅の思ひ出夫と語らふ
 瑞木 綾子(大分市)
〈評〉過去に仲良く旅を楽しんだことが、テレビの場面によって再現されご主人と懐かしむ。お互いに健康管理も扶け合いも内在している感じもある。
退官の夫と旅せし鳥取砂丘桜貝一つ・笥に残る
渡邊 睦子(日出町)
〈評〉顕官であられたご主人に伴っての慰安の旅でもあったと伝わる作品。桜貝がタンスに仕舞われていた事に象徴が、そして旅への恋慕が再現。
もう少し住まわせてねと言ってみる築百年の大黒柱に
安藤 すみれ(佐伯市)
〈評〉骨格の確とした風格のあるお家を想像する。中心である大黒柱は百年の拠であり、先祖の魂も籠るもの。作者の心は一歩さがって謙虚も快い。