母が教えてくれたこと

母が亡くなり3年。命日に年休をとって墓参りに行った。蝋燭に火をつけ、線香の煙が空へのぼっていく前で手を合わせた。瞼に浮かぶのはいつもの笑顔だけだ。人生の半分は病との戦いだったが、どんなに苦しくてもいつも笑顔だけは絶やさない人だった。透析中の病院では看護師を笑わせ、同じように他の患者も和んだという。49歳から82歳まで週3回の透析をうけるために、病院へ送り届け通勤したあの頃。今は回り道することなく通勤しているが、ふと助手席に母がいるような気がする。笑顔だけは忘れないように。


母が亡くなり3年。命日に年休をとって墓参りに行った。蝋燭に火をつけ、線香の煙が空へのぼっていく前で手を合わせた。瞼に浮かぶのはいつもの笑顔だけだ。人生の半分は病との戦いだったが、どんなに苦しくてもいつも笑顔だけは絶やさない人だった。透析中の病院では看護師を笑わせ、同じように他の患者も和んだという。49歳から82歳まで週3回の透析をうけるために、病院へ送り届け通勤したあの頃。今は回り道することなく通勤しているが、ふと助手席に母がいるような気がする。笑顔だけは忘れないように。

トラックバックをする

この記事のトラックバックURL

コメント

コメント(0)

コメントをどうぞ

※投稿いただいたコメントは、事務局でチェック後、掲載させていただきます。
掲載までに少しお時間をいただくこともありますのでご了承ください。